HISTORY
新しい農業への挑戦 代表取締役社長 小池 聡 SATOSHI KOIKE
SECTION1
家庭菜園から始まったベジタリア
ベジタリアは、東京大学EMP(エグゼクティブ・マネジメント・プログラム)をきっかけに、家庭菜園から始まった、「健康と食と農と環境の未来」を考えるベンチャー企業です。
私は、都会の高層ビルのオフィスではなく、ガレージでもなく、いち生産者として小さな家庭菜園から、ベジタリアを始めました。
最初は起業などまったく考えておらず、「自分が食べる野菜くらい、自分で安心・安全につくろう」と大好きなイタリア野菜を無農薬、有機でつくりはじめました。その後、本格的に農地を借り、本場イタリアからタネを取り寄せ、自ら苗を作り、地元の農家の方の助けも借りながら、私は農業と向き合いました。
しかし最初のうちは、病虫害で、つくった野菜はほぼ全滅しました。聞こえはいいものですが、無農薬、有機栽培で、おまけに無経験でつくるのは大変なことでした。農家の人にアドバイスを求めても、「農薬を使わないで野菜をつくるのは、無理だよ」と返されるだけでした。農業とは病気、虫、雑草、天候との戦いだということを思い知りました。
本当に無農薬の有機栽培は無理なのだろうか?
私にとって幸運だったのは、東京大学EMP室長補佐の難波成任教授が植物病の第一人者だったことです。難波先生が率いる研究室は100年以上の歴史を持つ世界最古の植物病理学研究室で、植物の病気に関する最先端の研究を進めていました。
難波教授に相談すると、病気の正確な種類や病気の原因となる病原菌も特定されており、発病する温度、湿度、葉面濡れや肥料過多による生理障害など、発病のメカニズムも科学的に解明されていました。
病気になりにくい温度・湿度の環境に農地を制御し管理できれば、無農薬でも野菜がつくれるんじゃないだろうか?
IT業界に長く身を置いていた経験を生かし、私は“経験戦”ではなく、“情報戦”で農業に挑もうと考えました。温度・湿度、日射量、土壌水分など、農地の情報が計測できるセンサーはないかと「フィールドサーバ」を探し出し、農地に導入しました。
難波教授の教え通り、露地では発病タイミングをいち早く察知し、ハウスでは病気になりにくい環境で農地を管理してみたところ、次第に野菜は病気にならなくなり、すくすくと育っていきました。
その翌年、私の農園は豊作に恵まれました。摘んだ瞬間に周辺に香り広がるバジル、真赤でつやがあり旨味が詰まったトマト、野趣あふれるゴマの風味とピリッとした辛味と苦味を持つルッコラ・セルバチコの他、ズッキーニ、カーボロネロ、フィノッキオ、ロマネスコ、ブンタレッラ、ラディッキオなど、さまざまなイタリア野菜が収穫できました。私はこの経験を通し、科学的な方法が、経験則だけでは実現できない農業を可能にすることを知りました。
自分では食べきれないほどの収穫をあげた私は、週末のマルシェへの出店を経て都内で八百屋を開店し、八百屋に併設してイタリアンレストランも始めました。店内には大型ディスプレイに農業のリアルタイム画像と計測データを写しながら、完全無農薬の有機栽培により、徹底したデータ管理のもとで安心・安全な野菜づくりを行っていることを消費者に伝えると、たちまち人気が出ました。その時の店名が「ベジタリア」だったのです。
こうして私は自らの農業経験を通し、最新の植物科学とテクノロジーの力で環境に配慮した農業生産方法のイノベーションの推進と、健康の源としての食を提案するような仕事をライフワークにできないかと考えるようになりました。
SECTION2
次世代の緑の革命を目指して
私は90年代をアメリカで過ごしました。当時の主な仕事は「ベンチャーキャピタリスト」。シリコンバレーを中心に、インターネット黎明期からベンチャー企業の投資・育成を行ってきました。その後、日本に戻りビットバレー構想を提唱し日本のネットベンチャーの底上げを行うとともに、ネットイヤーグループ創業(2008年東証マザーズ上場)、ネットエイジグループ(現ユナイテッド)を代表取締役として東証マザーズ上場に導くなど、農業とは無縁の世界を歩いてきました。
しかしリーマンショックを目前にした頃、ビルの高層階よりも、地に足のついた場所で、人間らしい仕事に立ち返ってみたいと考えるようになりました。私が人生後半戦のライフワークのテーマを探していた頃に、東京大学が世界に通用する次世代のビジネスリーダーを育成するために作った社会人向けビジネススクール「東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム(東大EMP)」を開講することを知りました。ビジネスだけでなく政治・経済・技術・文化から哲学まで幅広く学べることがテーマ探しには最適だと思い入学しました。そこで興味をもったのが「健康と食と農業と環境」でした。特に農業は自分とは無縁の世界と思っていましたが、その重要性を認識しました。
人間が何のために働いているかという問いをつき詰めていくと、食べるためということになります。エネルギー産業が国すらも動かすほどに強大な資本力を持っていたとしても、産業を生み出している人間そのもののエネルギー源は食糧であり、その食糧をつくるのは農業です。農業と自然の恵みの途方もない偉大さを私は再認識しました。
思えば人類は、エネルギー源である食糧との戦いに勝利し、現在の高度な文明を築いてきました。
『第三の波』の著者として知られる未来学者のアルビン・トフラーは約1万年前の農耕の開始を、現代の情報革命、18世紀後半から19世紀前半にかけての産業革命に先行する“第一の波”とし、人類社会における最初の分岐点ととらえました。人類は農業によって、この地球で繁栄を築いたのです。
その農業に、大きなイノベーションが約半世紀前に起きました。「緑の革命」です。
1950年代当時の地球は、約25億人程度だった地球の人口が、その先の半世紀で2倍以上の約60億人に増加するという人口問題、それに関連する食糧問題に直面していました。その解決策として、人類は高収量を実現する品種を開発し、農作物の大量生産を可能にするための化学肥料を発明しました。そうして、単一作物で大量増産することによって発生しやすくなるさまざまな病気に対処するために、農薬が用いられたのです。
高収量品種、化学肥料、農薬を三種の神器とする「緑の革命」によって、人類は大きくその数を増やし、より高度な文明を発展させました。
しかし今の農業に目を向けてみると、現行の慣行栽培は半世紀以上前の「緑の革命」で用いられた栽培方法からほとんど進歩はありません。時代と環境が変われば農業に求められること、解決すべき問題も大きく変わっているはずです。世界の人口はすぐに100億人を超えると予測されています。しかし、環境破壊や農地の転用開発などにより耕作可能な土地は年々減少し、気候変動の農業への影響は深刻です。また、生産可能農作物の3分の1は病虫害・雑草害によってダメージを受け、年間約8億人分の食料が失われています。今の農業は、今の世界が求めていることと本当に合っているのか? 私の疑問はそこにありました。
私がベジタリアで実現したい重要なテーマは、人口問題に起因する食糧問題に加え環境問題、健康問題などの現代の諸課題を解決する「次世代の緑の革命」です。
人類の原点としての第一の波「農業革命」が、産業革命、情報革命を経て、原点回帰し新たな革命のステージに入りました。
SECTION3
緑の革命以降、 野菜と私たちは栄養不足
日本に暮らす人々の健康面からも、次世代の緑の革命が必要だということが分かります。
先進国の中において、日本人の野菜・果物の摂取量は最低レベルで、栄養バランスの偏りや栄養不足が生活習慣病の発症リスクを高めています。現代病とも呼ばれる不妊症や偏頭痛などの原因に、栄養不足を指摘する学者もいるほどです。こうした状況を鑑みて、厚生労働省は1日に350g以上の野菜類の摂取を推奨していますが、今もなお野菜の消費量も生産量も減少しているのが日本の現状です。
人間の栄養不足は食の栄養不足、食の栄養不足は農作物の栄養不足に大きく起因しています。たとえば昔と比べて甘くて美味しくなったトマトですが、昔の酸味のあるトマトと比べてビタミンCの量は減り続け、50年前に比べて半分以下に減少しています。「甘い方が売れるから」という市場優先の理由で品種改良と生産を行った結果、栄養価よりも食味重視となっているようです。
さらににんじんが含むビタミンAは50年前の5分の1に、ほうれん草が含む鉄分も5分の1に減少しています。これらの野菜の栄養不足は、旬でない時期に収穫されることも要因の一つです。ほうれん草は冬の植物で、夏場のビタミンCの含有量は冬場の4分の1しかありません。旬のものは旬の時期にしか食べられなかった時代とは違い、今はハウス栽培などで旬以外でも通年で収穫される野菜で溢れていますが、栄養面からは旬のものは旬な時期に食べたほうがいいということになります。
緑の革命以降、農地の荒廃も省みることなく巨大産業化した農業によって、現代に生きる私たちも農作物も、実は多くの栄養を失い、健康を失ってきたのです。
しかし糖やビタミン、ミネラルの生成のメカニズムを解析し栽培方法に取り入れることにより、旬以外の時期でも栄養価の高い農作物をつくることは可能です。ベジタリアでは安心・安全でおいしいのはあたりまえ、栄養価・機能性の高い農作物を栽培する研究開発も行っています。
SECTION4
最先端のITが、 農業を自由にする未来へ
次世代の緑の革命に必要なことは、農業が情報革命の恩恵を得て次の産業へと進化することです。そのひとつに、ベジタリアは新しい農業の自由を提案しています。
無農薬で栄養の豊富な有機農作物を、経験則に基づいた“匠の技”だけではなく、再現可能な技術によってつくれるようにすること。そんな新しい農業の自由を、ベジタリアは実現したいと考えているのです。この挑戦を支えるものが、IoTセンサーによる情報収集とビッグデータ解析、人工知能の農業への応用です。
栽培管理システム「アグリノート」、農業IoTセンサー「フィールドサーバ」、水管理システム「パディウォッチ」、樹液の状態を分析し、農作物の健康状態を把握する「樹液流センサー」など、ベジタリアは農業に関わる人すべてに貢献するテクノロジーを提供しています。
これらのテクノロジーは、IoTセンサーによる日射量、温度、土壌のミネラルなどの環境データ、樹液流など農作物そのものの生体データ、栽培データ、気象予測による気象データや病虫害データなど、農業に必要なあらゆる情報が数値化されたビッグデータを生み出します。このビッグデータを最新の植物科学と人工知能によって解析することで、経験や勘にしばられることなく、誰でにも自由に活用できる新しい農業の知恵が生まれるのです。
自然と共生した、この新しい農業の知恵によって、農業にまったく新しい自由をもたらすこと。これこそが、次世代の緑の革命なのです。